小倉貴久子の《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》

シリーズコンサート 公演記録(第10チクルス:第31回、第32回、第33回)

《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》には毎回、モーツァルトと関わりのある作曲家等をひとりずつゲストとして迎えます。 モーツァルトとゲスト作曲家のクラヴィーアのソロ作品、またピリオド楽器奏者と共にお届けする室内楽、連弾、歌曲などなど、お話を交えながらのコンサートです。 18世紀にタイムスリップしたかのようなひととき、《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》にみなさまをご案内いたします!

《第31回》

2018年3月26日(月)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂

《第31回》公演は終了しました! 

〔ゲスト作曲家〕C.Ph.E.バッハ Carl Philipp Emanuel Bach [1714-1788]

小倉 貴久子(クラヴィーア)

C.Ph.E.バッハ:「音の肖像画」Wq.117より「ベーマー」、練習曲集よりソナタWq.63-1、変奏繰り返しつきのソナタ イ短調Wq.50-3、「スペインのフォリア」による変奏曲Wq.118/9、わがジルバーマン クラヴィーアとの別れのロンドWq.66、C.Ph.E.バッハの感情〜自由なファンタジーWq.67

 

W.A.モーツァルト:小品 へ長調K.15t/プレアンブルムK.deest、「美しいフランソワーズ」による変奏曲K.353、ファンタジー ハ短調K.475、ソナタ ハ短調K.457

(写真はゲネプロの様子)

〔コンサートの聴きどころ〕第31回:C.Ph.E.バッハ

 大バッハの次男として生まれたカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ。「彼は父であり、われわれは子供である」とモーツァルトは尊敬し、11歳の時にはエマヌエルの作品をクラヴィーア協奏曲K.40の第3楽章に編曲。C.Ph.E.バッハの名著『正しいクラヴィーア奏法』、ロンドやファンタジーなどの鍵盤作品は、モーツァルトに影響を与えています。

 コンサートでは、繰り返し時の変奏を全て書き留めた「変奏繰り返し付きソナタ」「C.Ph.E.バッハの感情〜自由なファンタジー」など、バッハ特有の独創的な作品と、モーツァルト渾身の力作ファンタジーK.475とソナタK.457、どちらも1778年に作曲された12の変奏曲、「美しいフランソワーズ」と「スペインのフォリア」を演奏。霊感やインスピレーションに優しく反応し、甘美な憂鬱、恋の悩み、別れの悲しみ、ファンタジーなどの表現に適した鍵盤楽器クラヴィコードとフォルテピアノによって、18世紀の偉大なる作曲家ふたりの天才的な個性が輝きます。

〔第31回公演報告〕

モーツァルト幼少の頃より親しんでいた北ドイツの巨匠、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ。ポツダムのサンスーシ宮殿で宮仕えしながらも、「正しいクラヴィーア奏法」や「変奏繰り返しつきのソナタ」などを世に問い、モーツァルトもそれらから影響を受けていました。ハンブルクの音楽監督になってからのバッハは独創性をさらに深めてゆきます。

この日の演奏会では、いつものヴァルターモデルのフォルテピアノに加え、クラヴィコードを持ち込み、この2台の楽器で、両者の呼応し合うファンタジーをお聴きいただきました。

「音楽の友」2018年5月号《コンサート・レビュー》

モーツァルトのクラヴィーアのある部屋(第31回「C.Ph.E.バッハ」)

 小倉貴久子が、近江楽堂という条件絶好の小ホールを得て続けている連続演奏会のひとこま。モーツァルトに、同時代作曲家から誰かを選んでからませるというプログラム作りだが、今回の「ゲスト」はC.Ph.E.バッハ。モーツァルトはこのバッハ家次男と直接に会ってはいないが、作品を知り影響は受けている。プログラムは右のことの実証も踏まえて興味深いものだったが、とりわけ第2部が圧巻。C.Ph.E.が持前の「情感を強く打ち出す」作風を発揮した《自由なファンタジー》嬰ヘ短調(フォルテピアノにより演奏)、《わがジルバーマン・クラヴィーアとの別れ》ホ短調(クラヴィコードにより演奏)、そしてモーツァルトの「幻想曲」K457(フォルテピアノによる)。これらはまさしく迫真の秀演で、感動のほかなかった。背後に飾られたモーツァルト、C.Ph.E.バッハの肖像が、満足と感謝の微笑を浮かべつつ、やおら手を伸ばして弾き手の頭を撫でているような気がしたほどに。(3月26日・東京オペラシティ・近江楽堂)〈濱田滋郎氏〉

《当日のアンケート・ブログなどより》

・クラヴィコードの音色がとても素敵でした。また聴きたいです。C.Ph.E.バッハ、大王のもとではあまり待遇が良くなかったときくので、ストレスたまってたのかしら・・・などと思いました。その分、素晴らしい曲として昇華させたのかな。

・今日は特に良かった。演奏にドップリと入り込んでしまった。ピアノの右後ろの席が先生の素晴らしい指さばきと楽譜も見れてお気に入りです。本日も、ありがとうございました。心と脳にたくさん栄養いただきました。

・私の席からは人の肩ごしに指先しか見えず、まるでモーツァルトが弾いている様でした(見た事はありませんが・・・)又、来たいと思います。

・CPEバッハの奔放さが大変良く味わえました。特に後半の2曲は素晴らしかったです。

・18世紀、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンは音楽史に名を残したが、それ以外にも多くの音楽家がヨーロッパ全土で活躍していたはず。私は音楽の専門家ではないのでふと感じたそのような疑問を少しずつ潰していくことがいつか、ライフワークになってしまいました。

・とっても楽しいコンサートでした!!カール・フィリップのことをもっともっと知りたい!と思いました。C.Ph.E.BachとW.A.Mozartと並べての「12のVar.」やフォルテピアノとクラヴィコードの両方を聴くことができて、もりだくさんの夜。完全に満たされました。「自由なファンタジー」本当にすばらしい作品ですね!!素晴らしい企画、素晴らしい演奏で素晴らしい作品を楽しませて下さりありがとうございます。心より・・・

・熟達の演奏家によるオリジナル楽器演奏を間近に聴くことができ、実に心癒され、幸せをいつも感じております。本当に素晴らしいもったいない企画だと思います。益々のご発展をお祈りしております。会場が大きくなりすぎたりチケット入手困難になっては困りますが。  

 (ご来場のお客さまのブログやメッセージから転載しました)


第31回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after A.Walter [1795]、

           Clavichord made by Kenta Fukamatti after Ch.G.Hubert [1770s]


《第32回》

2018年5月22日(火)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂

《第32回》公演は終了しました! 

〔ゲスト作曲家〕G.パイジエッロ Giovanni Paisiello [1740-1816]

小倉 貴久子(クラヴィーア)・彌勒忠史(カウンターテナー)

G.パイジエッロ:歌劇《哲学者気取り》より「主よ幸いあれ」/歌劇《セヴィリャの理髪師》より序曲、「私はランドール」「その時が近づいています」/6つのソナタ より 

 

W.A.モーツァルト:小品 ニ短調K.15u/歌劇《フィガロの結婚》より「自分で自分がわからない」「恋とはどんなものかしら」/「クローエに」K.524「夕べの想い」K.523「春への憧れ」K.596/パイジエッロの歌劇《哲学者気取り》より「主よ幸いあれ」による6つの変奏曲 へ長調 K.398/ボードロンの歌劇《セヴィリャの理髪師》より「私はランドール」による12の変奏曲 変ホ長調K.354

〔コンサートの聴きどころ〕第32回:G.パイジエッロ

 国際的な影響力を誇った作曲家パイジエッロは、オペラの都市ナポリで頭角を現し、その後エカテリーナⅡの宮廷で活動。ナポリに戻り王室楽長・宮廷作曲家として不動の地位を手に入れますが、フランス革命後の後半生は激動の波にのまれてゆきます。ナポレオンの寵愛を得てパリに招かれるも短期間で帰郷。ナポリ共和制下では責任ある地位を得ますが、王政復古期には宮廷から冷遇されます。

 83年にウィーンでパイジエッロの《セヴィリャの理髪師》が初演され大人気。モーツァルトの《フィガロの結婚》(86年)は、その続編が意識されていて、音楽も影響を受けています。皇帝ヨーゼフⅡの御前でクレメンティと競演した際、ロシア大公夫妻から「我がパイジエッロのソナタを弾いて」と請われ演奏。ブルグ劇場での大演奏会の折にも、パイジエッロのオペラの一節を変奏曲にしたり、ウィーン滞在中のパイジエッロを演奏会に招くなど、モーツァルトは敬意の念を抱いていました。

〔第32回公演報告〕

18世紀イタリア随一のオペラ・ブッファの作曲家、ジョヴァンニ・パイジエッロがモーツァルトに与えた影響は計り知れません。ウィーンで流行っていたパイジエッロのオペラの名旋律をモーツァルトは変奏曲にしています。歌劇《哲学者気取り》より「主よ幸いあれ」の元曲から、それを元にしたモーツァルトの変奏曲へ繋いだり、《セヴィリャの理髪師》→《フィガロの結婚》の密接な関係が露わとなったり。NHK-FMイタリア語講座の講師も務める、カウンターテナーの彌勒忠史とともにお贈りした第32回は、オペラと歌曲の世界にどっぷりと浸る回になりました。《フィガロの結婚》では、小倉貴久子がスザンナに扮して演奏。大いに盛り上がりました。

第32回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter [1795]


《第33回》

2018年8月6日(月)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂

《第33回》公演は終了しました!

〔ゲスト作曲家〕E.T.A.ホフマン Ernst Theodor Amadeus Hoffmann [1776-1822]

小倉 貴久子(クラヴィーア)・丸山 韶(ヴァイオリン)・島根朋史(チェロ)

E.T.A.ホフマン:クラヴィーアトリオ ホ長調 AV52/クラヴィーアソナタ イ長調 AV22

 

W.A.モーツァルト:小品 ヘ長調 K.15v/ヴァイオリンソナタ ト長調 K.379/クラヴィーアトリオ ホ長調 K.542 

〔コンサートの聴きどころ〕第33回:E.T.A.ホフマン

 ドイツ・ロマン派を代表する文学者エー・テ-・ア・ホフマンの同時代作曲家への的を射た音楽批評は、今でも引用されています。小説『クライスレリアーナ』はピアノ曲「クライスレリアーナ」を生み出すインスピレーションをシューマンに与えました。本職は裁判官でしたが、その多才さは驚くばかりで、歌劇場の演出や画業までこなしました。しかし彼にとっては音楽こそが特別で、音楽家として名を残すことが夢でした。親が名付けたキリスト名を「アマデウス」に自身で差し替えるほどのモーツァルト好き。特に第39番変ホ長調のシンフォニーがお気に入りで、ホフマンはこれに倣ってシンフォニーを書いています。

 バンベルクの劇場で作曲家として雇われていた時に書かれた充実のピアノトリオ、モーツァルトへの憧憬を感じさせるソナタと共に、ドラマティックなヴァイオリンソナタK.379、ミューズの微笑みを感じる端正な佇まいと美の調和のトリオK.542をお楽しみいただきます。

〔第33回公演報告〕

エー・テー・ア・ホフマンといえば、ドイツロマン派を代表する文学者としてまず知られていますが、彼の本職は裁判官。その上、歌劇場の演出家や画業もこなし、そしてなにより作曲家として身を立てることが夢だったとか。ホフマンの音楽とがっぷりと取り組む中で、その独自の美学に触れ、作曲家としての腕前も確かなものと知り、リハーサル中から興奮の連続、本番もとりわけエキサイティングなものとなりました。弦楽器を鳴らすことに長けたヴァイオリンの丸山韶さんと、チェロの島根朋史さんの音楽没入タイプの演奏はホフマンの音楽にぴったり。そして、ミューズの微笑みを感じる端正な佇まいと美の調和するホ長調のトリオでもうっとりとする音楽を奏でてくれました。

「音楽の友」2018年10月号《コンサート・レビュー》

8月6日・東京オペラシティ近江楽堂・丸山韶(vn)、島根朋史(vc)・モーツァルト「小品」K15v「クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ」K379、E.T.A.ホフマン「クラヴィーアとヴァイオリン、チェロのための大三重奏曲」AV52「クラヴィーアソナタ」AV22、モーツァルト「クラヴィーアとヴァイオリン、チェロのための三重奏曲」K542

 公演表題の「モーツァルトのクラヴィーアのある部屋」への今回のゲストは、モーツァルトへの限りない敬慕の念ゆえにミドルネームをさえアマデウスに変えた、ベートーヴェンとほぼ同時代を作家、音楽家、画家また法律家として生き、さらにシューマンの音楽(《クライスレリアーナ》など)や本邦の夏目漱石(『吾輩は猫である』)にも影響を与えたことでも知られるE.T.A.ホフマン。

 A音を低めの430Hz(現行は440Hz)に調律されたA.ヴァルターのフォルテピアノ(1795年モデル)の素晴らしいレプリカ(C.メーネ制作)のひびきの特質、つまり弾力に富み澄んだ広がりの、柔らかく含蓄あるひびきと両弦楽器のガット弦が醸し出す、内面的奥行きの深さと豊穣さのひびきの、往時を彷彿する音楽世界を享受した。

 冒頭に演奏されたソロ作品(モーツァルト8歳時の作品)はすでに後の発展を意識させる音楽であり、奏者の繊細でウイットに富む表現は(前述の楽器の特性を前提にして)モーツァルトの(こう述べて良ければ)ロマンティズムを具現したようだ。ヴァイオリンとの二重奏、さらにチェロをくわえた三重奏においても、楽器相互の「相性」は最高の部類に属するものに感じられ、奏者それぞれの心中を満たす感情の襞がそのままひびきや表現として吐露されるような、欲しいままの表現を聴くことができた。三重奏では、クラヴィーア奏者の楽器の魅力と能力を最大限に引き出す伸びやかで多彩な叙情性の、急速な楽章(あるいは部分)での精緻で確実な流麗さの、ヴァイオリン奏者の内面の感情の多様性と奔放さの、チェロ奏者の端正な佇まいによる内面性の堅固さなどの、三者の表現が「個」として融和する、素晴らしい完成度の音楽を聴くことができた。〈石川哲郎氏〉

第33回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter [1795]