小倉貴久子の《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》

シリーズコンサート 公演記録(第2チクルス:第4回、第5回、第6回)

《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》には毎回、モーツァルトと関わりのある作曲家等をひとりずつゲストとして迎えます。 モーツァルトとゲスト作曲家のクラヴィーアのソロ作品、またピリオド楽器奏者と共にお届けする室内楽、連弾、歌曲などなど、お話を交えながらのコンサートです。 18世紀にタイムスリップしたかのようなひととき、《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》にみなさまをご案内いたします!

《第4回》

2012年9月14日(金)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂 

《第4回》公演は終了しました! 

〔ゲスト作曲家〕J.A.シュチェパーン Josef Antonin Stepan (1726-1797)

小倉 貴久子(クラヴィーア)・松堂 久美惠(ソプラノ)

J.A.シュチェパーン:

クラヴィーアソナタ ヘ長調 Op.1-3/「老婆」「愛のきずな」「ナイチンゲールがたいそうお気に入りなのは」

 

モーツァルト:

メヌエット ヘ長調 K.1d/クラヴィーアソナタ ニ長調 K.284「デュルニッツ」/「すみれ K.476」「自由の歌 K.506」「老婆 K.517」「夕べの想い K.523」「クローエに K.524」

〔コンサートの聴きどころ〕第4回:J.A.シュチェパーン

ボヘミア出身のシュチェパーンは、ヴィルトゥオーゾ鍵盤楽器奏者としてウィーンで成功を収めた作曲家です。優れた教師としても知られ、マリー・アントワネットの師でもありました。ソナタOp.1-3は、1760年代のザルツブルグでも知られていた曲で、幼いモーツァルトも演奏したかもしれません。このシュチェパーンの初期のソナタは、優美な雰囲気が魅力的です。モーツァルト初期の6曲のソナタ集、最後を飾る華麗なソナタ[デュルニッツ]は、シュチェパーンからの影響が感じられ、モーツァルトも自信をもっていた作品です。ウィーンにおけるドイツ歌曲集を初めて出版したのがシュチェパーンだということも特筆すべき点です。その曲集から「ナイチンゲールがたいそうお気に入りなのは」をお聴きいただきます。モーツァルトと同じ詩による歌曲「すみれ」「老婆」、両者の聴き比べもお楽しみください。

〔第4回公演報告〕

第2チクルスの初回《第4回》に迎えたゲストはJ.A.シュチェパーン。今回はソプラノの松堂久美惠さんと共にお届けしました。肖像画も残されていない今では名前さえも忘れ去られてしまったシュチェパーンは、ウィーンで最初のドイツ語による歌曲を出版した作曲家として、またクラヴィーアの名手で、かなり技巧的で趣向に凝らされた作品をモーツァルトの生まれた頃に出版していた作曲家として、当時はかなり名を馳せていました。モーツァルトの作品と同じ歌詞による「老婆」と「すみれ」の聴き比べなどを通して、シュチェパーンならではの魅力と、モーツァルトが18世紀の空気の中でリートを作曲していたことが実感できました。また、ギャラントで優雅なシュチェパーンのソナタ、モーツァルトのデュルニッツソナタのめまぐるしく表情の変化する様に、今回も会場いっぱいにお集りいただいたお客様と共に大いに盛り上がったコンサートとなりました。

第4回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter (1795)


《第5回》

2012年11月13日(火)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂 

《第5回》公演は終了しました! 

〔ゲスト作曲家〕M.クレメンティ Muzio Clementi (1752-1832)

小倉 貴久子(クラヴィーア)

M.クレメンティ:

トッカータ 変ロ長調 Op.11/ソナタ 変ロ長調 Op.24-2/ソナタ ロ短調 Op.40-2/モーツァルトの歌劇《ドン・ジョバンニ》から「ぶってよ、ぶってよ」WO.10

 

モーツァルト:

メヌエット ヘ長調 K.5/12の変奏曲 変ロ長調 K.500/ソナタ 変ロ長調 K.570/パイジェッロの歌劇《哲学者気取り》の「主よ、幸いあれ」による6つの変奏曲 ヘ長調 K.398

(写真はゲネプロの様子)

〔コンサートの聴きどころ〕第5回:M.クレメンティ

イタリア生まれでイギリスで活躍したクレメンティは、作曲家、演奏家、楽器製作、出版業と各方面での手腕を発揮する才能溢れる人物でした。1781年、ヨーゼフ2世の御前で、クレメンティとモーツァルトの競演が行われます。初対面の二人は、交互に自作品や即興演奏を繰り広げ、そのどちらをも甲乙つけがたい素晴らしい演奏は、皇族たちを大変喜ばせたと伝えられています。モーツァルトは、クレメンティの演奏を「単なる機械屋」とこきおろすのですが、クレメンティの方は「才能豊かで典雅」と、モーツァルトの演奏に感銘を受けた言葉を残しています。超絶技巧を駆使したトッカータと、ソナタOp.24-2はこの競演時に演奏された作品です。モーツァルトは、後年このソナタに似た主題を、歌劇《魔笛》序曲で使っています。6つの変奏曲はクレメンティを意識した技巧的な曲です。クレメンティはモーツァルトにとって、かなり気にかかる存在だったと言えるでしょう。

〔第5回公演報告〕

今回はモーツァルトが生前、ライバルとして最も意識していた作曲家、クレメンティをゲストとして迎えました。

イギリスに活動拠点をおいていたクレメンティにちなみ、今回は、イギリス式アクションのジョン・ブロードウッドのピアノで演奏。プログラム前半は、モーツァルトが姉に向け、練習し過ぎると「お姉さんのしなやかな指が壊れてしまう」と注意を喚起したぐらい3度と6度のパッセージが執拗に登場するトッカータ。またモーツァルトも負けじと技巧面に焦点を当てた変奏曲。モーツァルトの演奏を聴いたクレメンティが「こんなにも才知豊かで典雅な演奏を聴いたことがない...」と表現したような晩年のソナタk.570などを集めました。後半は、モーツァルトの死後に、クレメンティがモーツァルトを思い出しながら半ばオマージュのように書いた、「ドン・ジョバンニ」のテーマを元にした自由な作品。そして、ベートーヴェンへの受け渡しとなったクレメンティのロマンティックで激しい側面が如実に表現された19世紀に入ってからの充実のソナタをお届けしました。

「もっぱらソナチネの作曲家としか認識していなかったが、いかに重要な作曲家なのか、思いを新たにした」など、お客さまから感嘆の言葉が聞かれました。

第5回公演の使用楽器:Klavier made by Kenta Fukamatti after John Broadwood (ca.1802)


《第6回》

2013年1月14日(月・祝)午後2時開演(開場1:30)

近江楽堂

《第6回》公演は終了しました!

〔ゲスト作曲家〕C.Ph.E.バッハ Carl Philipp Emanuel Bach (1714-1788)

小倉 貴久子(クラヴィーア)・前田 りり子(クラシカル・フルート)・長岡 聡季(ヴァイオリン/ヴィオラ)

C.Ph.E.バッハ:

練習曲集よりファンタジー ハ短調/識者と愛好家のための曲集 第2巻よりロンド イ短調/ヴュルテンベルクソナタ イ短調/ピアノとフルート、ヴィオラのための四重奏曲 イ短調

 

モーツァルト:

メヌエット K.1/フルートソナタ ハ長調 K.14/プレリュード ハ長調 K.284a/ヴァイオリンソナタ ト長調 K.379/ロンド イ短調 K.511

〔コンサートの聴きどころ〕第6回:C.Ph.E..バッハ

「演奏家自身が感動しなければ、聴衆を感動させることはできない。」J.S.バッハの次男、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ著『正しいクラヴィーア奏法』に記されている言葉です。この本は、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンも学んだと伝えられている名著です。ファンタジーは、この本の付録の練習曲集第6番の終楽章で、〈ハムレット・ファンタジー〉として知られています。エマヌエルは「多感主義」の作風が特徴で、『ヴュルテンベルク・ソナタ』は1742年の初版以来、50年以上も版を重ねた人気の曲集です。『識者と愛好家のための曲集』ロンド イ短調は、モーツァルトの同調のロンドに影響を与えたと思われます。エマヌエル、死の年に作曲された四重奏曲 イ短調は、「白鳥の歌」とも言うべき美しさと内面の広がりゆく宇宙が描かれた作品です。

〔第6回公演報告〕

天窓から雪が降り積もる様子が見える近江楽堂は、まさに幻想的な「かまくら」のようでした。クラシカルフルートの前田りり子さんと、ヴァイオリン&ヴィオラの長岡聡季さんと共に、モーツァルトとエマヌエル・バッハの熱い世界を繰り広げました。プログラムの多くが、コンサートであまり演奏されることのない作品たちでしたが、その内容の深さや素晴らしさに共感していただき、濃密な時間を過ごすことができました。

第6回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter (1795)