小倉貴久子の《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》

シリーズコンサート 公演記録(第7チクルス:第21回、第22回、第23回)

《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》には毎回、モーツァルトと関わりのある作曲家等をひとりずつゲストとして迎えます。 モーツァルトとゲスト作曲家のクラヴィーアのソロ作品、またピリオド楽器奏者と共にお届けする室内楽、連弾、歌曲などなど、お話を交えながらのコンサートです。 18世紀にタイムスリップしたかのようなひととき、《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》にみなさまをご案内いたします!

《第21回》

2016年5月11日(水)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂 

《第21回》公演は終了しました! 

〔ゲスト作曲家〕J.ハイドン Joseph Haydn [1732-1809]

小倉 貴久子(クラヴィーア)・若松夏美(ヴァイオリン)・鈴木秀美(チェロ)

J.ハイドン:

クラヴィーア・トリオ ハ長調 Hob.15:27/ホ長調 Hob.15:28

 

モーツァルト:

小品 K.15i/クラヴィーア・トリオ 変ロ長調 K.15/ハ長調 K.548

(写真はゲネプロの様子)

〔コンサートの聴きどころ〕第21回:J.ハイドン

 シリーズ再登場のヨーゼフ・ハイドン。今回はクラヴィーア・トリオの世界です。ハイドンは、第2回ロンドン旅行の折、充実したクラヴィーア・トリオを生み出しました。ロンドンでイギリス式アクションの力強いピアノと、クレメンティやドゥセクによるクラヴィーアを巡る新書法などに感化され、多くの刺激を受けたハイドン。加えて個人的にも親しい間柄になった若い名ピアニスト、バルトロッツィ夫人との出会いにより、ハイドンは高齢にもかかわらず、更なる新境地を切り開きます。バルトロッツィ夫人に捧げられたHob.ⅩⅤ:27と28を含む3曲のクラヴィーア・トリオは、活気に満ちたロンドンの音楽界とハイドンとの幸せな出会いによって生まれた傑作たちです。 

 そしてモーツァルトのクラヴィーア・トリオからは、古典派の均整美とロマンティックな歌に満ちた次世代を予感させる作品K.548と、8歳の時ロンドンで作曲し英国シャーロット王妃に献呈した愛らしいK.15をお届けします。

〔第21回公演報告〕

シリーズ再々スタートとなる第21回は2週間前に完売となり、満員の大盛況の中で開催することが出来ました!

モーツァルトとハイドンの熟年期の渾身のクラヴィーアトリオを、若松夏美さんと鈴木秀美さんと演奏できたのは、本当に至福の時間でした!

ハイドン曰く「モーツァルトには美の感覚と最も深い作曲の学識がある偉大な作曲家」と。モーツァルト曰く「戯れたり、興奮させたり、笑いをひきおこしたり、深い感動を与えるといった全てのことを、ハイドンほどうまく出来る人いません」と。深い尊敬と親愛で結ばれた2人の作曲家の音楽が、近江楽堂いっぱいに広がり、特別な夜となりました!

《当日のアンケートなどより》

・大変素晴らしかったです。4曲目のハイドン(ハ長調)、もはや3人の交響曲!音楽のスケールは、近江楽堂の空間よりも大きかった!圧巻でしたー

・K548はとてもすばらしい!三重唱のような三重奏でした。ハイドンのハ長調はサイコー!強力なトリオでした。

・ハイドン:クラヴィーア・トリオ ハ長調 Hob.15:27

元気いっぱいの堂々たる第1楽章。ここでは3つの楽器が全力でぶつかって、明るさいっはいのハ長調の大きな音楽を聴かせてくれました。まるで春の明るい光の森の中での芽吹きの生命力の様。

中間部の短調の対比が鮮やかな第2楽章は28番と同じですが、こちらは変な仕掛けはなく、耳に素直に入ってくる曲。とても優しく美しい演奏を聴かせてくれました。最後にはフォルテピアノのカデンツァがありましたが そこは楽譜通りで、大きく聴かせるようなことはしなかったのは、予想通り。等身大のハイドンの魅力を十分に聴かせてくれました。

フォルテピアノと弦との掛け合いが愉しい第3楽章。思った以上の快速すぎるテンポにビックリ。しかし3つの楽器がガップリ四つに組んでの演奏は、とても充実したものでした。案の定の鈴木さんの丁々発止はスリリング。私が一番驚いたのは、後半の反復を一気呵成にかけたところ。大喝采の準備を嘲笑うかのように… だって それまでハイドンでは後半の反復を省略していたのに!やられた!

・超一流の先生方のコンサート。もう大感動です!! この演奏会を聴くことができて本当によかったです(T_T) お三方の偉大さを改めて感じました。あのハイドンは一生忘れられません! ハイドン先生もあの演奏を聴いたら、きっと大拍手を送るだろうな。。。先生方天才すぎます(T_T)

・圧巻だったのはハイドンのHob.XV:27の終楽章で、この楽章を三人は愉悦感にあふれた快速テンポで演奏したけれども、これはこの時代の楽器でなければ成し得なかったものでした。

モダンピアノでこのテンポで弦とのバランスを考慮して弾くと、どうしてもアタックが柔らかくなるので16分音符のパッセージでひとつの音が音になりきる前に次の音が来てしまってもこもこして聞こえるし、アタックをもっとはっきりさせようとしたら音量が大きくなって弦とのバランスがおかしくなる。

いきおいモダン楽器ではもっとテンポを落とさなくてはいけなくなるけれど、そうするとハイドンの意図した愉悦感、軽快な疾走感は失われる。

それがフォルテピアノだと、快速でもひとつひとつの音の粒立ちがちゃんと聞こえるし、フォルテで弾いても弦をかき消すことがなくて、それぞれの楽器の音が聞こえていながらも良く溶けあった音のかたまりとして聞こえてきます。

当時の楽器は「不完全」で、現代の楽器が時代と共に「進化」してきた末にあるわけでは「なくて」、作曲家や演奏環境の変化に由来する要求(音色の均質性とか音量の増大とか)に「適応」してきた結果のものだということを今日ほど明確に感じたことはありませんでした。(もちろんそれはピアノや弦楽器だけの話ではなくて、フルートでもおんなじですよね。)

なので、もちろん作曲家が作曲した当時の楽器で演奏したほうが作曲者の意図に沿った演奏が出来る可能性が高いわけですが、たとえ最終的にモダン楽器で演奏するにしても、作曲当時の楽器で演奏してみることは様式の把握や演奏解釈の上で大きなヒントになるというのは、もう疑いようのないことなのだろうと思います。

繰り返しになりますが、楽器は時代とともに変容してきたけれど、それは決して進化というべきものではない、ということを楽しく思い知らされました(^o^)

・いやはやいやはや……強烈な一夜。

コンサートを聴いて、こんなにアドレナリンが出たのはいつぶりだろう。

豪快、豪放、豪華、豪奢。

3人が全開100%で繰り出す凄まじいパワーを借り、ひたすら作曲家の感情の渦に巻き込まれて引きずり回される2時間で、終わってみれば「チョー愉しかった!」という言葉しか出ない。

逆に各曲の緩徐楽章での、嘆き、あられもない号泣、悲しみの表情は衝撃的で、その嵐と恩寵の光のように訪れる安らぎの落差は果てしない。

反面、まったく感じられなかったのは、「止まる」という言葉。

流れ、響き、呼吸、感情の動き。

どれひとつとして、一瞬も止めないし止まらない。

もちろん、作品の中には「息を呑む」瞬間は数多くちりばめられているのだけれど、その間も呼吸は続いているし、会場内にも楽器そのものにも響きが残っている。

その休止から、絶妙なタイミングで流れ出す次の音楽が緊張を和らげ、また先へと進んでゆくのだ。

今夜はいつもにもまして何から何までツボにはまり、見事というほかはない演奏会だった。

・日本の古楽界をリードされる方々の共演ということで、今日の会場はいつもに増して熱気に包まれていました。

私はモーツァルトにしてもハイドンにしても、ピアノトリオは大好き!!特に後半のモーツァルトK.15がトリオで演奏されたのは感涙モノでした。

この曲は、ヴァイオリン・ソナタとしての演奏も多いですが、ちゃんと(笑)チェロのパートが書かれていて、全集でもトリオ編に所収されていることを忘れてはなりません!

秀美さんから、今はモーツァルトに比べてハイドンは人気がないけれど、当時はハイドンの方が数倍有名だったし、お金も稼いでいた、という興味深い話もありましたが、こうしてトリオを並べてみると、この二人の作曲家の才能は、ほぼ互角と言えるんじゃないかと思います。

お互いに大変尊敬していたというのも頷けますね。

 (ご来場のお客さまのブログやメッセージから転載しました)

公演の模様

第21回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter [1795]


《第22回》

2016年7月8日(金)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂

《第22回》公演は終了しました! 

〔ゲスト作曲家〕J.ヴィダーケア Jacques Christian Michel Widerkehr [1759-1823]

小倉 貴久子(クラヴィーア)・三宮正満(オーボエ)

J.ヴィダーケア:

オーボエとクラヴィーアのためのデュオ・ソナタ ホ短調 第1番/ヘ長調 第3番

 

モーツァルト:

小品 K.15k/アレグロ ト短調 K.312/クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ ヘ長調 K.377(I.プレイエルによるオーボエ編曲版)

(写真はゲネプロの様子/公演内のミニレクチャーで披露されたオーボエたち)

〔コンサートの聴きどころ〕第22回:J.ヴィダーケア

 アルザス生まれのヴィダーケア。パリ、コンセール・スピリテュエルなどでチェロ奏者として活躍との記録がありますが、いずれの団体とも正規の契約は結ばなかったようです。彼は、パリのオーケストラのために独奏楽器を様々に組み合わせたサンフォニー・コンセルタントという、当時人気を博していたジャンルに筆を染め、1790年代にはこのジャンルで名声を獲得。また室内楽の分野でも弦楽四重奏曲をはじめ、愛好家の要求に応えるフランス流の軽快で気の利いた作品を残しました。〈クラヴィーアとヴァイオリンあるいはオーボエのための3つのデュオ〉は、当時フランスのみならず、ドイツでも人気のあった魅力的な作品です。クラシック期におけるオーボエと鍵盤楽器のための貴重なレパートリーといえるでしょう。 

 モーツァルトのヴァイオリンソナタのオーボエ版(ハイドンの弟子のI.プレイエルがオーボエ用に編曲)、ドラマティックな楽想をもつアレグロ ト短調 K.312もお楽しみ頂きます。

〔第22回公演報告〕

ストラスブールで生まれパリで活躍したヴィダーケアは、オーボエとクラヴィーアのための作品を残しています。今日名前を聞くことのほとんどないその作曲家をゲストに迎えての第22回公演。

始まる前から三宮正満さんとの共演に期待が集まり、今回も早くから完売御礼の札が立ちました。

前半をヴィーナーオーボエとつながってゆくドイツタイプで、後半をフレンチタイプで演奏。オーボエの歴史についての三宮さんのミニレクチャーに助けられ、響きの特性の異なるオーボエの違いを感じ、奥深いオーボエの世界を堪能。会場からは感嘆のため息が途切れることがありませんでした。

(写真は紹介された各オーボエとゲネプロの演奏風景)

第22回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter [1795]


《第23回》

2016年9月27日(火)午後7時開演(開場6:30)

近江楽堂 

《第23回》公演は終了しました!

〔ゲスト作曲家〕W.F.バッハ Wilhelm Friedemann Bach [1710-1784]

小倉 貴久子(クラヴィーア)

W.F.バッハ:

8つのフーガより第8番 ヘ短調 Fk.31-8/ポロネーズ ハ長調 第1番、ホ短調 第8番、ヘ短調 第10番、ト短調 第12番/ファンタジー ホ短調 Fk.21/ソナタ イ短調 Fk.8/ソナタ ト長調 Fk.7

 

モーツァルト:

小品 K.15l/ファンタジー ハ短調 K.396(シュタートラー補筆)/ソナタ ニ長調 K.576

(写真はゲネプロの様子)

〔コンサートの聴きどころ〕第23回:W.F.バッハ

 J.S.バッハと、音楽家になった彼の息子たち4人の内3人を当シリーズのゲスト作曲家として既に取り上げましたが、今回は長男ヴィルヘルム・フリーデマンの登場です。フリーデマンは父の寵児として才能を幼少期から発揮、ドレスデンのオルガニスト、その後ハレでの重要な職にも順風に就任。ところが七年戦争によるハレの街の荒廃、本人の性格により後年は哀れな生活を余儀なくされます。しかし、残された作品には、余人には到達不能な独特の魅力が湛えられています。父親ゆずりの対位法的厳格な書法をベースに、複雑な和声が駆使され、ある意味でロマン派的でもあり近代音楽にも通ずるような響きを聴くことができます。モーツァルトは、彼のフーガを研究して弦楽三重奏に編曲しています。 

 チェンバロとフォルテピアノの2台のクラヴィーアで、バロック的エモーショナルなモーツァルト未完の幻想曲、対位法を駆使したソナタ ニ長調 K.576と共に、奇才フリーデマンの魅力に迫ります。

〔第23回公演報告〕

偉大な父に溺愛され、多感な10歳のときに母をなくしたヴィルヘルム・フリーデマン。特別な才能をもちながら社会に適合することができず不遇な人生でしたが、残された作品からは後のロマン派に通じるような内面的なほとばしる情熱の炎が感じられます。1819年に出版された《12のポロネーズ集》の細かな表情記号は、フリーデマン自身の演奏スタイルをフォルケルが弟子に伝えたものだそうです。情感豊かなフリーデマンと、その対位法書法を学んだモーツァルト。二人の天才作曲家の輝きに心奪われた晩となりました。18世紀後半のチェンバロと、フォルテピアノが共存していた時代にタイムスリップ。モーツァルトの後期の作品に影響を与えたバロック的書法にズームインしました!


第23回公演の使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter [1795]

           Cembalo made by Joop Klinkhamer after anon.