小倉貴久子
クラヴィーアをめぐる全3回シリーズ
2004年に行われた「トリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホール」との共催公演
『モーツァルトの世界』第1回【ソロ】
室内楽にうってつけの第一生命ホールですが、フォルテピアノのソロ公演は初めてとのこと。気品のある響きに想像力を刺激され、小倉貴久子の音楽が豊かに響きわたりました。
モーツァルトの全生涯にわたる様々なキャラクターの作品が演奏されました。ソナタ第1番、第13番。ロンドイ短調、デュポールのメヌエットによる変奏曲、プレリュードとフーガハ長調、それに行進曲ハ長調や転調するプレリュードといった変わり種の作品も紹介されました。アンコールには小倉貴久子作曲「世界に一つだけの花」による変奏曲が演奏され喝采を浴びました。
音楽の友 2004年3月号 コンサート・レヴュー
小倉貴久子『モーツァルトの世界』 第1回 ソロ(フォルテピアノ)
小倉貴久子のフォルテピアノを中心に据えたシリーズの初日を聴いた。独奏曲を様々なカテゴリー(チェンバロからピアノへ、多感様式など)に分け、日頃あまり耳にすることのない珍しい作品や、変奏曲やソナタなどが演奏された。ソナタ第1番は各楽章の性格が明確に描出される(流麗、デリカシーに富んだ歌、めりはりの効いたリズムと溌剌とした感興)。即興演奏さながらの「転調するプレリュード」を経てアタッカでロンド・イ短調へ。時折用いられるモデレーターが効果的で、アーティキレーションは繊細かつ多様。「デュポール変奏曲」におけるデュナーミクの統制とソノリテの端整な美しさも特筆される。欲を言えば、「前奏曲とフーガ」の前奏曲には、各部分の関連における、よりいっそうの内的必然性が望まれるが、強靱な集中力で弾かれたフーガは秀逸。ソナタK333の2,3楽章が、繊細、優美、表情の多様さなど小倉の美質のよく出た秀演だった。アンコールでSMAPの人気曲を主題とした自作の変奏曲を披露。聴衆を沸かせた。4月、9月の続編が楽しみだ。(1月18日・第一生命ホール)〈那須田務氏〉
ムジカノーヴァ 2004年4月号 演奏会批評
小倉貴久子(クラヴィーア) モーツァルトの世界第1回
クラヴィーアをめぐる全3回シリーズ〈モーツァルトの世界〉の第1回め。1795年製のアントン・ヴァルター・ピアノのレプリカで、クリス・マーネ製作のウィーン式アクションを持つ楽器によって、変化に富むモーツァルト作品の数々が、当時の響きを再現する形で、この日演奏された。
東京芸術大学大学院修了後、アムステルダム・スウェーリンク音楽院に学び、特別栄誉賞付きの首席で卒業した。小倉貴久子は、第3回日本モーツァルト音楽コンクール優勝、ブルージュ国際音楽コンクールのアンサンブル部門およびフォルテピアノ部門で優勝。毎回、語りを取り入れた活発な演奏活動でファンが多い。特選盤のCDあり。
バランスの取れた人である。柔らかで親しみやすい雰囲気を常に周りに漂わせ、実に自然に呼吸するように、楽しく生き生きと演奏する。とても真面目なのだけれども、それが度を超すことはなく、非常に丁寧なのだが、それで音楽が硬直化することはない。複雑なものを精緻に描いて見せる演奏家は多いが、そこに優雅な流麗さと陽気さが備わっている人は少ない。小倉貴久子の魅力がまさにここにあると思う。第2, 3回は、4月24日、9月29日。(1月18日、第一生命ホール)〈雨宮さくら氏〉
『モーツァルトの世界』第2回【室内楽】
桐山建志(ヴァイオリン)、長岡聡季(ヴィオラ)、花崎薫(チェロ)で、クラヴィーア三重奏曲 ト長調 K.319、ハ長調 K.548、クラヴィーア四重奏曲 変ホ長調 K.493をお届けしました。
共演者の暖かい人柄が音楽に反映され、親しみと愛にあふれたモーツァルトが再現。しあわせな一晩となりました。アンコールは次回コンチェルト公演の予告を兼ね、クラヴィーアコンチェルト第6番の終楽章をホルン(塚田 聡)をまじえ演奏しました。
音楽の友 2004年6月号 コンサート・レヴュー
小倉貴久子(フォルテピアノ)〈モーツァルトの世界~室内楽〉
前半は三重奏曲2曲で、ト長調K496とハ長調K548。クラヴィーアは1795年製アントン・ヴァルターをモデルとしたクリス・マーネ製作楽器。ホールがやや大きめにも感じられたが、小倉の精妙なタッチから生まれる洗練されたアーティキュレーションはそれを充分に補っていた。16分音符のパッセージなど粒の揃った真珠のよう。ヴァイオリンの桐山建志は出るところ退くところよく心得た好演。チェロの花崎薫の安定感あるサポートが全体をぐっと引き締める。2曲のうちではK548のアダージョ楽章からフィナーレがことに豊穣に響いていた。後半はヴィオラの長岡聡季が加わって四重奏曲変ホ長調K493。ヴィオラ1挺でかくも厚みが増すことを実感、その意味でも好プログラミングだ。神秘的なハーモニーの中からトニカのテーマが浮かび上がる冒頭部と、弦3者とクラヴィーアとが沈潜した色合いの対話をかわす第2楽章が印象深かった。(4月24日・第一生命ホール)〈萩谷由喜子氏〉
ムジカノーヴァ 2004年7月号 演奏会批評
小倉貴久子 モーツァルトの世界・第2回 *モーツァルト本来の室内楽の魅力を堪能
クラヴィーアをめぐる全3回シリーズの第2回「室内楽」。共演者は桐山建志(ヴァイオリン)、長岡聡季(ヴィオラ)、花崎薫(チェロ)の諸氏。演目は以下のとおりである。モーツァルトのクラヴィーア三重奏曲を2曲、すなわち《ト長調》K496と《ハ長調》K548。休憩後に《クラヴィーア四重奏曲変ホ長調》K493。
1780年代後半に作曲されたものを、(強大な表現を目指すために進化?してきた)現代の楽器による表現で享受する機会が多い耳には、たいへん新鮮な驚きに似た気分を味わい、また当時のひびきをたしかに推測させる音響世界を堪能することができた。
使用楽器はクリス・マーネ製作のフォルテピアノ(アントン・ヴァルター1795年モデルのコピー)であったが、現代の鋳鉄製のものとはまったく異なる木製のフレームから醸されるひびきは(ハンマーの材質や弦の張力の違いなども相まって)まったく滑らかな、そして軽やかなもので、奏者の音楽的気分の表出にたいへん繊細に反応するような印象であった。また、当夜の弦楽奏者もスティール弦ではなくガット弦を張ったということも、暖かいひびきの創出に大きく寄与しているように思えた。
ピアニストの自己の技術への絶対的信頼、そして弦楽器奏者との音量的バランスは理想的なものに感じられた。(アンコール前の女史の言葉にあったように)フォルテピアノの低音とチェロの音量が拮抗するバランスにおいてはじめて、楽器間の対等なダイアログの受け渡しが可能になるようだ。現代のピアノでの演奏では音量的にピアノの優位が強調される感があるが、この夜は必要に応じて、ピアノがはるか弦楽器群の背景に退く「遠近感」さえ感じることができた。
いずれにしてもよく耳にする、それぞれの楽器が「競奏」する感のピアノ三重奏や四重奏とはだいぶ趣を異にする、いわば総体で一つの楽器としての完全性を示すような一体性(ここには演奏家個個人の卓越した技術という前提があるのは当然のことであるが)、またこのことに由来する精神的にも寛いだ、豊かな奥行きを感じさせるモーツァルト本来の室内楽を楽しむことができた。(4月24日、第一生命ホール)〈石川哲郎氏〉
『モーツァルトの世界』第3回【コンチェルト】
初めての経験になるシンフォニーとコンチェルトの弾き振りでしたが、気心の知れた仲間たちの積極的な関わりにより、指揮者をおくよりも統一のとれた小倉貴久子の音楽をダイレクトに演奏することができました。
終演後のワインパーティーではお客さまの興奮の生の声をたくさん聞かせていただきました。
今回、参加いただいたメンバーのみなさま、トリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホールの暖かなサポートにより、当シリーズ、大成功を収めることできました。ありがとうございました。
シンフォニー第33番変ロ長調K.319、クラヴィーアコンチェルト第17番ト長調K.453、第27番変ロ長調K.595に加え、お客様をワインパーティーに誘うためにアンコールで行進曲K.408/1を演奏しました。
音楽の友 2004年12月号 コンサート・レヴュー
小倉貴久子(フォルテピアノ)〈モーツァルトの世界~コンチェルト〉
古楽奏法にスタンスを置いた独自の活動を展開する小倉貴久子だが、「モーツァルトの世界」として「クラヴィーアをめぐる全3回シリーズ」を完結した。すなわち第1回はソロ、第2回はクラヴィーア三重奏などの室内楽、そしてコンチェルトの今回は「交響曲第33番K319」「クラヴィーア・コンチェルト第17番K453」「同第27番K595」が演奏された。
コンチェルトでは、小倉はクラヴィーア(アントン・ヴァルター1795年のモデル)を弾き振り、古楽器によるオーケストラはところどころバランスに偏りが感じられたが、全体では自然な流麗感を紡ぎながら典雅な風趣を表出する絶妙のアンサンブルとなった。みずみずしく透明感に溢れた音色、純度の高い響き、そして細やかな陰影に富む表情は聴き手の心の奥底を揺さぶる。さらに颯爽とした躍動感も十分に横溢しており、現代におけるクラヴィーアのひとつの規範を示した出色の演奏と言えるだろう。(9月29日・第一生命ホール)〈真嶋雄大氏〉