『~~の生きた時代』 "-- und seine Zeitgenossen"

2002年秋から始まったシリーズ。『~~の生きた時代』演奏会では、有名作曲家を取り巻く環境を探りつつ、当時の空気までを再現しようと試みたシリーズ。当シリーズは安田和信氏を監修者に迎え「梅岡楽器サービス」との共同企画でお届けしました。(全4回)

『モーツァルトの生きた時代』全4回

"Mozart und seine Zeitgenossen"

旅する天才少年からウィーンでの自由な音楽家へと至る軌跡を、モーツァルトと関わりのあった同時代の作曲家の作品と共に辿る演奏会。モーツァルト時代の楽器(復元楽器)を用いて、4回シリーズでお届けししました。

前半2回は2002年秋、後編2回が03年秋に催されました。

第1回 2002年10月3日(木) チェンバロ(18世紀フレンチモデル使用)

 西方への大旅行

・プログラム

W.A.モーツァルト (1756~1791):

  ソナタ ト長調 KV9

  オランダの歌による7つの変奏曲 ニ長調 KV25

G.F.ヘンデル (1685~1759):

   6つのフーガまたはヴォランタリー集作品3より ハ短調 HWV610

J.ショーベルト (1735?~1767):

  6つのソナタ 作品14より 第2番 変ロ長調

J.G.エッカルト (1735~1809):

  6つのソナタ 作品1より 第5番 ハ長調

T.アーン (1710~1778):

  8つのソナタより 第4番 ニ短調

J.Ch.バッハ (1735~1782):

  6つのソナタ作品5より 第4番 変ホ長調 

 

第2回 2002年11月26日(火) フォルテピアノ(1795年製ヴァルターモデル使用)

 ザルツブルクのモーツァルト

・プログラム

W.A.モーツァルト (1756~1791):

  サリエリの主題による6つの変奏曲 ト長調 KV180 (173c)

  ソナタ ヘ長調 KV280 (189e)

L.モーツァルト (1719~1787):

  行進曲 ヘ長調、メヌエット ハ長調、小品 ヘ長調(ナンネルの音楽帳より)

P.D.パラディエス (1707~1791):

  ソナタ 第3番 ホ長調 

G.Ch.ヴァーゲンザイル (1715~1777):

  ディヴェルティメント作品2よりの4 ト長調

C.Ph.E.バッハ (1714~1788):

  変奏くり返しつきのソナタ集より 第1番 ヘ長調

J.ハイドン (1732~1709):

  6つのソナタ集より 第4番 ニ長調

前編、第1回、第2回に向け書かれた「聴きどころ」

 モーツァルトは旅に明け暮れた人でした。そうした旅が、彼の音楽家としての成長にも少なからぬ影響を与えたことは間違いないでしょう。ヨーロッパの方々を旅してまわり、様々な地域の音楽に直に触れることができたのです。そのような体験は、モーツァルトの天才が完全に発揮されるためには不可欠な要素だったわけです。2002年と03年の秋に全4回にわたって行われる本コンサート・シリーズは、モーツァルトの鍵盤音楽と彼が様々な機会で触れ得た鍵盤音楽をプログラムに並べ、モーツァルトの音楽家としての成長の軌跡を追体験してみようという意図を持っています。取り上げられる他の作曲家たちの作品は、モーツァルトが間違いなく知っていたものばかりです。もちろん、他の作曲家の作品も、モーツァルトとの関連もさることながら、それ自体として魅力的な逸品ばかりです。

 第1回の「西方への大旅行」では、1760年代半ば、パリやロンドンといった西方の大都会でモーツァルトが体験した音楽が取り上げられます。当時はバロック的な様式と新しい古典派的な様式が自然に併存していた時代でした。少年モーツァルトはヘンデルのフーガのような古い様式に触れるとともに、パリのショーベルトやエッカルト、ロンドンのクリスティアン・バッハのソナタのような新しい傾向の音楽にも興味を抱いていたのです。モーツァルトの少年期における鍵盤音楽の様式的多彩さを実体験できるプログラムと言えるでしょう。

 第2回の「ザルツブルクのモーツァルト」は、1770年代の半ば頃まで、すなわち、10代のモーツァルトを取り巻く音楽的環境に着目しています。この時期に、モーツァルトは現存する最初のソナタ6曲(第1番~第6番、K279~284)を作曲していますが、本プログラムで取り上げられるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハやピエトロ・ドメニコ・パラディエスのソナタは、その頃に書かれた書簡で言及されている作品なのです。特に、パラディエスのソナタはモーツァルト一家が高く評価していたものでした。エマヌエル・バッハとパラディエスがモーツァルトのソナタに影響を与えているか、否か? 是非、小倉貴久子の演奏によって聴き比べていただきたいと思います。(安田和信)


第1回、第2回公演のゲネプロの様子(安田氏の飛び入り連弾がありました!)


第3回 2003年10月1日(水) フォルテピアノ(1795年製ヴァルターモデル使用)

 マンハイム・パリ旅行のモーツァルト(1777年~79年)

・プログラム

J.ミスリヴェチェク (1737~1781):

  6つのソナタより 第6番 ニ長調

J.F.エーデルマン (1749~1794):

  6つのソナタ 作品2より 第1番 ハ短調

N.J.ヒュルマンデル (1756~1823):

  6つのソナタ 作品1より 第2番 変ホ長調

  6つのディヴェルティスマン 作品7より 第6番 ヘ長調

W.A.モーツァルト (1756~1791):

  ソナタ イ短調 K.310 (300d)

  ボマルシェの「私はランドール」による12の変奏曲 変ホ長調 K.354 (299a)

 

第4回 2003年11月12日(水) フォルテピアノ(1795年製ヴァルターモデル使用) 

 ウィーンのモーツァルト(1781年以降)

・プログラム

L.A.コジェルフ (1747~1818):

  3つのソナタ 作品15より 第1番 ト短調

M.クレメンティ (1752~1832):

  3つのソナタ 作品9より 第2番 ハ長調

  トッカータ 変ロ長調

J.A.シュチェパーン (1726~1797):

  5つのカプリッチョより 第3番 ト長調 

W.A.モーツァルト (1756~1791):

  ソナタ 変ロ長調 K.570

  グレトリーの「サムニウム人たちの結婚」からの主題による8つの変奏曲 K.352 (374c)

後編、第3回、第4回に向け書かれた「聴きどころ」

 モーツァルトとその同時代者の作品を聴き比べる本コンサート・シリーズの第3、4回は、いよいよ佳境へと入っていきます。第3回ではモーツァルトの青春の旅路とも言える「マンハイム・パリ旅行」に、第4回ではウィーンに定住した時期に焦点を当てます。

 第3回の「マンハイム・パリ旅行のモーツァルト」では、1777年秋から79年初頭までに行われた大旅行の時期を扱います。マンハイム・パリ旅行は求職旅行としては首尾良く行ったわけではありませんが、当代随一と評されたマンハイムの宮廷楽団や大都会パリの活発な音楽活動に触れ、モーツァルトの音楽的成長には少なからぬ意義がありました。この回で取り上げられる他の作曲家たち――イタリア旅行時からの知り合いで、ミュンヘンで再会を果たしたヨーゼフ・ミスリヴェチェク、マンハイム・パリ旅行時にその音楽と出会ったジャン・フレデリク・エーデルマンやニコラ=ジョゼフ・ヒュルマンデル―― は、いずれもモーツァルトから高く評価されていました。この3人は、確かに優れた個性をもつ作曲家なのですが、残念ながら、現在ではあまり知られてはおりません。‘批評家モーツァルト’から太鼓判を押されていた作曲家たちの腕前を、是非とも堪能してください。

 第4回の「ウィーンのモーツァルト」では、もちろん、生涯の最後の10年間が扱われます。この時期、モーツァルトはウィーンにおける最も優れたクラヴィーア奏者の一人として活躍していました。しかし、彼自身が‘ピアノの国’と呼んだ当地には、多くのライヴァルがひしめいていたのです。当時、長老格のクラヴィーア奏者だったヨゼフ・アントニーン・シュチェパーンや、まさにライヴァルとしてしのぎを削ったレオポルト・コジェルフなど、ボヘミア出身の作曲家たちに優れた人材がいました。また、ロンドンを本拠にしていたイタリア人、ムツィオ・クレメンティはウィーンを来訪した際、皇帝ヨーゼフ2世の御前でモーツァルトとクラヴィーア演奏の競演をしています。とりわけ、同世代のコジェルフとクレメンティに対して、モーツァルトはかなり辛辣な言葉を残していますが、それは自分の存在を脅かす商売敵として彼らを認識していたからではないでしょうか。したがって、第4回のテーマは、「モーツァルトとライヴァルたち」とも呼べそうです。小倉貴久子の演奏で再現する彼らの競演。音楽に勝敗は似合いませんが、楽しくレフェリーを務めてくだければ幸甚です。(安田和信)

 第2回公演のアンケートから

・企画が面白いですね。日頃聴くことがない、あるいは見過ごしてしまう曲も、モーツァルトという軸を通すと興味を持って聴くことができました。話もよく(個人的にはもっと話を加えてもよいと思いました)。大変楽しくすごさせていただきました。

・Mozartという天才がひとりでできあがったのではないことをまざまざと感じるコンサートでした。小倉さんの演奏はいつも頭の奥まで心地よくマッサージしてもらっているような快感を覚えます。強弱、緩急、リズムが自在で、すごく変化しているけれども、すべてがコントロールされ、遊びがあります。頭の中のしこりが取れていくようです。‥‥

・小倉さんの演奏はもちろんですが、安田さんのお話と演奏も毎回楽しみに来ています。古楽器の音色を味わうには、これくらいの規模の会場が、ベストと思います。‥‥

・奏者との距離が近くて会場と一体になった雰囲気がとてもよかったです。安田さんの専門的だけどわかりやすい解説、ジョークまじりの親しみ深さがとても印象的でした。楽しいアッという間のひとときでした。

ムジカノーヴァ 2002年12月号 『今月のプレ・トーク』

復元楽器を通して、作曲家の生きた時代を辿る『洋館サロンで楽しむコンサート~モーツァルトの生きた時代』

文 雨宮さくら氏

 東京芸術大学、同大学院ピアノ科を修了し、オランダ・アムステルダム音楽院を栄誉賞付きで首席卒業なさった小倉貴久子さん。

 日本では大学3年生の時に、第3回日本モーツァルト音楽コンクールで第1位。その後大学院在学中に渡欧。留学地のオランダは、ガウデアムス現代音楽コンクールがある地。現代音楽と古楽が日常的に同居していたと言う。そこで古楽器の世界に次第にのめり込み、チェンバロを学ぶ。2年間の滞在中、古楽器の豊かな色彩と表現に存分に触れ、楽器製作工房にも通った彼女は、ベルギーの古都で毎夏開催される、有名なブルージュ国際古楽コンクールで、たまたま誘われピンチヒッターとして出演したところ、アンサンブル部門で優勝。さらにその2年後、95年、同コンクールのフォルテピアノ部門で優勝。これは日本人ソリストとしては、バロックフルートの有田正広氏に次ぐ20年ぶりの快挙。しかし現在に至るまで、彼女はフォルテピアノの演奏に関しては独習なのだというから驚く。ピアノ科出身でピアノはもちろん、チェンバロやフォルテピアノをこなして、タッチなどで楽器の違いに戸惑うことはないのだろうか?

 「…現在では、その楽器に向かって座ると、体が自然に、その楽器にふさわしい弾き方に感応するのです…」とのこと。古楽器というと、特殊な世界と思われがち。そんな閉鎖性に風穴を開けられたら…」と言う。敷居を高くしないで、誰でも楽しめるコンサートにしたいのだそうだ。テーマを定めた定期的な演奏会や、自ら主催する室内楽シリーズ『音楽の玉手箱』を展開する。「古楽器を演奏したいというより、作曲家の音楽そのものを表現する手段として、その時代あるいはその作品に一番ぴったりくる楽器を、と考えたら古楽器になった…」というスタンスで演奏するのだと言う。2002~03年秋、全4回シリーズ『洋館サロンで楽しむコンサート~モーツァルトの生きた時代』では、海老澤敏氏の教え子で同年齢という、安田和信氏の話を交えて、モーツァルトの生きた時代の復元楽器を用い、その時代を生きた作曲家たちの作品を演奏する。今後、ベートーヴェンについてもこうした企画を考えているという。

 古楽器の演奏会は採算を取るのが大変なのでは?と窺ってみると、「夫が調律をしてくれたり、楽器店はじめ関係各位の暖かい理解があって何とか…」とのこと。爽やかで明るく、知的で気さくなお人柄。ファンが多いのも頷ける。話がはずんだのは言うまでもない。