小倉貴久子 活動の記録

2002年

○2月9日 愛知県芸術劇場コンサートホール

コンサートシリーズ「音楽への扉」 古楽 フォルテピアノで蘇るベートーヴェンの世界

ジュスマイヤーのオペラ「ソリマン二世」から三重唱「たわむれ、ふざけて」による8つの変奏曲 WoO76、クラヴィーアソナタ ハ短調 作品13 「悲愴」、幻想曲風ソナタ 嬰ハ短調 作品27-2 「月光」、クラヴィーアソナタ ニ短調 作品31-2 「テンペスト」

 

○4月4日 札幌サンプラザホール

ピアノ生誕300年 アンドレアス・シュタイン(1728~1792)製作ピアノのレプリカによる当時の音楽を探る

C.Ph.E.バッハ:識者と愛好家のためのファルテピアノによるクラヴィーアソナタと自由なファンタジー並びにいくつかのロンドより ファンタジー第2番 ハ長調、J.Ch.バッハ:ソナタ ニ長調 作品5-2、W.A.モーツァルト:ソナタ ニ長調 KV311 (284c)、ソナタ 変ロ長調 KV281 (189f)、J.ハイドン:ソナタ ハ短調

2002年4月10日 東京文化会館 小ホール

シリーズコンサート音楽の玉手箱 Vol.4 ベートーヴェンをめぐる女性たち その2~アンナ・マリー・エルデーディ伯爵夫人~

共演者:荒井英治(ヴァイオリン)、花崎 薫(チェロ)

オール・ベートーヴェンプログラム 

幻想曲 作品77

ヴァイオリンソナタ ト長調 作品96(第10番)

チェロソナタ ハ長調 作品102-1(第4番)

ピアノ三重奏曲 変ホ長調 作品70-2(第6番)

[当演奏会のチラシ情報から]

小倉貴久子の室内楽シリーズ「音楽の玉手箱」 ~ベートーヴェンをめぐる女性たち・エルデーディ伯爵夫人~ 

 ベートーヴェンの作品は自らの発意と共に様々な状況に影響を受けて作曲されています。特に高い教養を持った貴族の女性たちとの交わりは大きな影響を与えました。近年の研究により従来の身分違いの女性に恋するベートーヴェンとは全く違う作曲家像が浮き彫りになってきています。私はこの数年来その人間関係に注目し、昨年のリサイタルでは「ベートーヴェンをめぐる女性たち」と題し、不滅の恋人候補筆頭のアントニア・ブレンターノ他を取り上げました。今回の「音楽の玉手箱」ではその2回目として、彼の相談相手だったというエルデーディ伯爵夫人を取り上げます。

 昨秋、オーストリア、ドイツと旅し、ベートーヴェンゆかりの地を散策する機会を持つことができました。200年の時の流れが止まり、彼が愛した風景を共に眺めているような喜びに浸りました。その思いを胸に、このプログラムを演奏したいと存じます。

 今回のコンサートでは、共にベートーヴェンを敬愛する名手お二人との共演も大きな喜びです。皆様にお楽しみいただけることを願いつつ、ご来場をお待ち申し上げております。  [小倉貴久子]

聴きどころ 

 ベートーヴェンが「懺悔聴聞僧」と呼んだエルデーディ伯爵夫人Anna Marie Erdoedy (1779~1837)。ベートーヴェンと一時期共同生活を営んでいたほど親密な友人であった夫人にベートーヴェンは様々な悩み事を相談していました。

 1808年、ナポレオン戦争の混乱から通貨が不安定になり、定収入のないベートーヴェンにとって経済不安が差し迫っていました。そんな折りベートーヴェンに、カッセル宮廷楽長の地位の提供の話がもたらされ、ベートーヴェンはウィーンを去ることを考えていました。そんな彼に対し、エルデーディ伯爵夫人はグライヒェンシュタイン男爵と語らって一計を案じたのです。

 それは、財力豊かな大貴族に働きかけ、彼らの共同出資によってカッセル宮廷楽長の年俸を上回る金額をベートーヴェンに終身受け取れるようにしようというものでした。この年金契約にルドルフ大公、ロプコヴィッツ侯爵およびキンスキー侯爵が応じ、締めて四千フロリンの年金を得ることができるようになりました。この契約によりベートーヴェンはウィーンにとどまり作曲活動に身を入れることができるようになったのです。

 この年金契約が正式にまとまった1809年に、ベートーヴェンはエルデーディ伯爵夫人に感謝の気持ちを込めたのでしょう。作品70の2曲の「ピアノ三重奏曲」を献呈しています。

 変ホ長調の作品70-2は優美な序奏をもつ、全曲が歌にあふれた平和でかくも美しい作品で、この作品を核にこのコンサートは企画されました。

 ウィーン会議のただ中にあった1815年に作曲された2曲のチェロソナタ作品102もエルデーディ伯爵夫人に献呈されたものです。エルデーディ伯爵夫人はシュパンツィヒ弦楽四重奏団の名うてのチェロ奏者、ヨーゼフ・リンケと暮らしていたことがありました。ベートーヴェンもリンケからはチェロの奏法について様々な助言を得ていたとのこと。ピアノの名手でもあったエルデーディ伯爵夫人とリンケとの共演を頭に描いての献呈だったのかもしれません。

 ハ長調作品102-1のチェロソナタは「ピアノとチェロのための自由なソナタ」と題された、古典的な楽章構成から離れた「幻想曲」のような仕立ての作品です。

 当コンサートでは他に、上記2曲と同時代に作曲されたヴァイオリンソナタ ト長調作品96(1812年作曲)と、ピアノソロのための幻想曲(1809年作曲)が演奏されます。

使用楽器について

 当演奏会で使用されるピアノは1820年頃にマテーウス・アンドレアス・シュタインによってウィーンで製作されたものです。マテーウスは、モーツァルトが愛用していたピアノを製作したアンドレアス・シュタインの息子で、ナネッテ・シュタイン・シュトライヒャーの弟になります。姉同様、ベートーヴェンからピアノの修理を依頼されるなど作曲家と強い信頼関係にありました。ウナコルダ、ファゴット、モデラート、ダンパーという4本のペダルを持ったウィーン式アクションの楽器です。

 

音楽の友 2002年6月号 コンサート・レヴュー

音楽の玉手箱(第4回)

 小倉貴久子が自ら主催する室内楽シリーズ〈音楽の玉手箱〉の今回は、ベートーヴェンの良き理解者であり、相談相手でもあったアンナ・マリー・エルデーディ伯爵夫人に焦点が当てられた。オール・ベートーヴェンのプログラムは、彼女に献呈された「チェロ・ソナタ第4番」と、同じ頃作曲された「クラヴィーアのための幻想曲」、「ヴァイオリン・ソナタ第10番」、そして「ピアノ三重奏曲第6番」である。共演は東京フィル・コンサートマスターの荒井英治と新日本フィル首席チェロ奏者の花崎薫、小倉の使用楽器は、やはり同時代の1820年頃ウィーンで製作されたマテーウス・シュタインが運び込まれた。時代を含めた深い考察から生み出されたのは、どちらかというと緊迫感よりも自由で明るい雰囲気であり、典雅なたたずまいに重きを置いた風趣で、得もいわれぬ優美な響きが濃密に再現されていた。それだけに今後は、会場の広さと楽器自体の音量のバランスにも配慮があってよいだろう。(4月10日・東京文化会館)〈真嶋雄大氏〉

○5月12日 キタノホール、5月15日 西の洞、5月18日 珈琲倶楽部「和」

「ベートーヴェンの世界」

オール・ベートーヴェンプログラム:ピアノソナタ「幻想曲風ソナタ」 変ホ長調 作品27-1、ピアノソナタ「幻想曲風ソナタ」 嬰ハ短調 作品27-2「月光」、ピアノソナタ 変イ長調 作品26「葬送」、ピアノソナタ ニ長調 作品28「田園」

 

○9月11日 仙台国際センター

第37回カワイ音楽教育シンポジウム 東北大会

G.フレスコバルディ:トッカータ ト短調、G.F.ヘンデル:フーガ ハ短調、J.S.バッハ:音楽の捧げものより「3声のリチェルカーレ」ハ短調、L.M.ジュスティーニ:ソナタ 作品1 変ロ長調、W.A.モーツァルト:ソナタ 変ロ長調、L.v.ベートーヴェン:変奏曲 ト長調 WoO70、F.シューベルト:スケルツォ 変ロ長調

 

○11月3日 柏市民文化会館 大ホール

「柏交響楽団第38回定期演奏会」指揮・米津俊広

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37

 

○11月16日 キタノホール

「小倉貴久子 バッハ チェンバロ コンサート」

J.S.バッハ:イタリア協奏曲、トッカータホ短調、パルティータ第4番、フランス風序曲ロ短調

ムジカノーヴァ 2002年12月号 『今月のプレ・トーク』

復元楽器を通して、作曲家の生きた時代を辿る『洋館サロンで楽しむコンサート~モーツァルトの生きた時代』

文 雨宮さくら氏

 東京芸術大学、同大学院ピアノ科を修了し、オランダ・アムステルダム音楽院を栄誉賞付きで首席卒業なさった小倉貴久子さん。

 日本では大学3年生の時に、第3回日本モーツァルト音楽コンクールで第1位。その後大学院在学中に渡欧。留学地のオランダは、ガウデアムス現代音楽コンクールがある地。現代音楽と古楽が日常的に同居していたと言う。そこで古楽器の世界に次第にのめり込み、チェンバロを学ぶ。2年間の滞在中、古楽器の豊かな色彩と表現に存分に触れ、楽器製作工房にも通った彼女は、ベルギーの古都で毎夏開催される、有名なブルージュ国際古楽コンクールで、たまたま誘われピンチヒッターとして出演したところ、アンサンブル部門で優勝。さらにその2年後、95年、同コンクールのフォルテピアノ部門で優勝。これは日本人ソリストとしては、バロックフルートの有田正広氏に次ぐ20年ぶりの快挙。しかし現在に至るまで、彼女はフォルテピアノの演奏に関しては独習なのだというから驚く。ピアノ科出身でピアノはもちろん、チェンバロやフォルテピアノをこなして、タッチなどで楽器の違いに戸惑うことはないのだろうか?

 「…現在では、その楽器に向かって座ると、体が自然に、その楽器にふさわしい弾き方に感応するのです…」とのこと。古楽器というと、特殊な世界と思われがち。そんな閉鎖性に風穴を開けられたら…」と言う。敷居を高くしないで、誰でも楽しめるコンサートにしたいのだそうだ。テーマを定めた定期的な演奏会や、自ら主催する室内楽シリーズ『音楽の玉手箱』を展開する。「古楽器を演奏したいというより、作曲家の音楽そのものを表現する手段として、その時代あるいはその作品に一番ぴったりくる楽器を、と考えたら古楽器になった…」というスタンスで演奏するのだと言う。2002~03年秋、全4回シリーズ『洋館サロンで楽しむコンサート~モーツァルトの生きた時代』では、海老澤敏氏の教え子で同年齢という、安田和信氏の話を交えて、モーツァルトの生きた時代の復元楽器を用い、その時代を生きた作曲家たちの作品を演奏する。今後、ベートーヴェンについてもこうした企画を考えているという。

 古楽器の演奏会は採算を取るのが大変なのでは?と窺ってみると、「夫が調律をしてくれたり、楽器店はじめ関係各位の暖かい理解があって何とか…」とのこと。爽やかで明るく、知的で気さくなお人柄。ファンが多いのも頷ける。話がはずんだのは言うまでもない。彼女の充実のHPはこちら。

☆10月3日、11月26日 自由学園/明日館 

シリーズコンサート「モーツァルトの生きた時代」第1回西方への大旅行、第2回ザルツブルクのモーツァルト

 

旅する天才少年からウィーンでの自由な音楽家へと至る軌跡を、モーツァルトと関わりのあった同時代の作曲家の作品と共に辿る演奏会。モーツァルト時代の楽器(復元楽器)を用いて、4回シリーズでお届けししました。

前半2回は2002年秋、後編2回が03年秋に催されました。

 

前編、第1回、第2回の「聴きどころ」(安田和信)

 モーツァルトは旅に明け暮れた人でした。そうした旅が、彼の音楽家としての成長にも少なからぬ影響を与えたことは間違いないでしょう。ヨーロッパの方々を旅してまわり、様々な地域の音楽に直に触れることができたのです。そのような体験は、モーツァルトの天才が完全に発揮されるためには不可欠な要素だったわけです。2002年と03年の秋に全4回にわたって行われる本コンサート・シリーズは、モーツァルトの鍵盤音楽と彼が様々な機会で触れ得た鍵盤音楽をプログラムに並べ、モーツァルトの音楽家としての成長の軌跡を追体験してみようという意図を持っています。取り上げられる他の作曲家たちの作品は、モーツァルトが間違いなく知っていたものばかりです。もちろん、他の作曲家の作品も、モーツァルトとの関連もさることながら、それ自体として魅力的な逸品ばかりです。

 第1回の「西方への大旅行」では、1760年代半ば、パリやロンドンといった西方の大都会でモーツァルトが体験した音楽が取り上げられます。当時はバロック的な様式と新しい古典派的な様式が自然に併存していた時代でした。少年モーツァルトはヘンデルのフーガのような古い様式に触れるとともに、パリのショーベルトやエッカルト、ロンドンのクリスティアン・バッハのソナタのような新しい傾向の音楽にも興味を抱いていたのです。モーツァルトの少年期における鍵盤音楽の様式的多彩さを実体験できるプログラムと言えるでしょう。 第2回の「ザルツブルクのモーツァルト」は、1770年代の半ば頃まで、すなわち、10代のモーツァルトを取り巻く音楽的環境に着目しています。この時期に、モーツァルトは現存する最初のソナタ6曲(第1番~第6番、K279~284)を作曲していますが、本プログラムで取り上げられるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハやピエトロ・ドメニコ・パラディエスのソナタは、その頃に書かれた書簡で言及されている作品なのです。特に、パラディエスのソナタはモーツァルト一家が高く評価していたものでした。エマヌエル・バッハとパラディエスがモーツァルトのソナタに影響を与えているか、否か? 是非、小倉貴久子の演奏によって聴き比べていただきたいと思います。

 

第1回 2002年10月3日(木) チェンバロ(18世紀フレンチモデル使用)

【西方への大旅行】

W.A.モーツァルト (1756~1791):

  ソナタ ト長調 KV9、オランダの歌による7つの変奏曲 ニ長調 KV25

G.F.ヘンデル (1685~1759):

   6つのフーガまたはヴォランタリー集作品3より ハ短調 HWV610

J.ショーベルト (1735?~1767):

  6つのソナタ 作品14より 第2番 変ロ長調

J.G.エッカルト (1735~1809):

  6つのソナタ 作品1より 第5番 ハ長調

T.アーン (1710~1778):

  8つのソナタより 第4番 ニ短調

J.Ch.バッハ (1735~1782):

  6つのソナタ作品5より 第4番 変ホ長調 

 

第2回 2002年11月26日(火) フォルテピアノ(1795年製ヴァルターモデル使用)

【ザルツブルクのモーツァルト】

W.A.モーツァルト (1756~1791):

  サリエリの主題による6つの変奏曲 ト長調 KV180 (173c)、ソナタ ヘ長調 KV280 (189e)

L.モーツァルト (1719~1787):

  行進曲 ヘ長調、メヌエット ハ長調、小品 ヘ長調(ナンネルの音楽帳より)

P.D.パラディエス (1707~1791):

  ソナタ 第3番 ホ長調 

G.Ch.ヴァーゲンザイル (1715~1777):

  ディヴェルティメント作品2よりの4 ト長調

C.Ph.E.バッハ (1714~1788):

  変奏くり返しつきのソナタ集より 第1番 ヘ長調

J.ハイドン (1732~1709):

  6つのソナタ集より 第4番 ニ長調

○12月8日 神戸酒心館ホール

「天才モーツァルトの弾いた楽器 ~チェンバロからピアノへ~」

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集より、イタリア協奏曲、W.A.モーツァルト:転調するプレリュード、ヴェルム・ファン・ナッサウの主題による6つの変奏曲、ピアノソナタ イ長調 K.331、ロンド イ短調 K.511、デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲